2009年2月14日 (土)

ユキンコと恵子のフレンドシップニット物語 (38)

ユキンコと恵子のフレンドシップニット物語~毎月14日の編み物ラブレター (38)みなさん、ありがとう!

 2006年2月14日、「ユキンコの手づくり生活」ブログはこのフレンドシップニットの物語をはじまりとしてスタートしました。
一番最初の作品タイトルは、「2つのハートをかさねましょう」でした。ご主人の転勤でアメリカに行ってしまうことになった隣人の恵子さんと一緒に、それぞれの場所で色違いのニットを編みましょうという約束をしました。その一番最初の作品が、2つのハートが重なったデザインだったのです。

8

ユキンコが作った最初に作ったニットは赤地に白いハート。

9

そして恵子さんが作った最初のニットは白地に赤いハート。
こうしてユキンコと恵子さんの毎月14日のニット作品発表の往復書簡がスタートしたのでした。

10

翌月、ユキンコが今度は白地に赤の桜模様を編み、

11

恵子さんが赤地に白の桜模様を編みました。

続きを読む

2月 14, 2009 | フレンドシップニット, ユキンコブログの歴史 | | コメント (68)

2009年2月13日 (金)

わたし探し (24)

「自分ブランド」を作ろう! 「ユキンコと園子のわたし探しの旅」 (24)園子さんの心の旅

(※本日は2つの記事をアップしています。画面を下がってチェックしてみてくださいね!)

125

 これまで、たくさんのユキンコの心の旅をお手伝いしてくれた園子さん。今度は園子さんの心の旅をお手伝いしたいと思っていたら、先日園子さんが「わたし、いつかここに行きたいの。これがわたしにとっての 『 わたし探しの旅 』 よ。」と言って1枚のコピーを渡してくれました。

ついに園子さんの「わたし探しの旅」が始まるようです。

126

園子さんが差し出してくれた1枚の紙には、「逢坂山の月心寺」のことがつづられていました。

月心寺は明治の日本画家 橋本関雪が別荘として建てたもので、のちに禅寺として改められ、現在はどの宗派にも属さない寺として存在しているお寺です。場所は滋賀県大津市、逢坂山の麓にあり、900坪もある敷地の中にお堂や茶室などが建てられています。平安時代の「枕草紙」にも登場する三名水の一つ「走井の清水」が敷地内にあり、美しい庭園も有名。月心寺の庵主が作るごま豆腐は有名で、おいしい精進料理が供されているそうです。

「ふうん。園子さんはここに行きたいんだ。ここが園子さんの大切な場所?」

96

園子さんとかつて、パリのルーブル美術館でこう言っていました。

「アポロンの間はルーブル美術館の心臓であり、ここはわたしが一番好きな場所なのかもしれない」と。そして、「わたしにとっては、ここと京都は繋がっているの。どこでもドアみたいにね。京都とフランスはわたしにとっての魂の拠り所なのよ。」と言っていました。園子さんにとっての日本の魂の拠り所がこの月心寺だと言うのです。

いろいろと月心寺のことを調べていくうちに、少しずつ園子さんが心惹かれる理由がなんとなく分かってきました。それは、園子さんが心惹かれるルーブル美術館と月心寺の共通点をユキンコが見出すようになってきたからです。

フランスという国の長い歴史や文化を通して積み上げられ、表現されていたルーブル美術館。日本の長い歴史や文化が蓄積されてそこに建つ月心寺。目に見えるものはずいぶん違っているけれど、その核となるものは同じ香りがするのです。園子さんはその両方が持っている「精神の崇高さ」に惹かれているのではないかなあ…と。きっとこれから2人で訪ねてみたら、またそこに新しい園子さんの心のかけらを見つけることができるのかもしれないなあと思うユキンコでした。

 残念ながらこのブログの中ではここまでしか歩めませんでしたが、いつかこの園子さんの魂の拠り所を一緒に訪ねてみたいと思っています。

こんなふうにお互いのために時間を捧げ合える友だちに出会えたことは、本当にしあわせなことだと改めて思います。「わたし探しの旅」を通して見つけた宝物、それは人生の苦しみや喜びを一緒に分かち合うことのできた旅の同伴者なのかもしれません。

ユキンコが東京の旅から帰ってきたとき、園子さんはこんな一言を贈ってくれました。

『 「ともによりしあわせ」 になるために、わたしたちはこれからも 「 わたし探しの旅 」 を続けて行くことにしましょうね 』

人は誰もひとりではしあわせにはなれません。個性の違うユキンコと園子さんはともに歩みながら一緒にたくさんの山や谷を越えてきました。時には互いの意見をぶつけ合ったり、一方が弱っている時は励ましあったり支えあったりして歩んできました。

「自分のための自分だけのお気に入り探しの旅」をしようとスタートしたこの「わたし探しの旅」は、これからもまだまだ続いていきそうです・・・。きっと読者のみなさんも、そんな旅の途中なのではないでしょうか。

またきっと、どこかで会えますよね!

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「SONOKOの薔薇色の日々」 ブログものぞいてみてね!

2月 13, 2009 | わたし探し | | コメント (2)

わたし探し (23)

「自分ブランド」を作ろう! 「ユキンコと園子のわたし探しの旅」 (23)ユキンコの音を探して

 お母さんとフランス旅行をして、それまでの心の重荷を下ろすことができたユキンコに、園子さんが続いて「ピアノを教えてあげる」と言ってくれました。「いったいどれだけコンプレックスを背負ってるの?」と呆れられてしまいそうな卑屈でいじけた子どもだったユキンコの幼少時代。「ピアノが習いたい!」とお母さんにお願いしたら「お金がないからピアノを習わせてあげられないけどごめんね。」と言われて長い間ピアノにあこがれながらも触れることさえできなくなっていました。しかし27才の時にようやく自力で弾き始め、なんとかコードを押さえて伴奏らしきものができるようになってきました。しかし、その後それ以上はなかなか上達せず停滞していました。

 そんなユキンコに、園子さんはなぜピアノに憧れたのか、どんな曲を演奏したかったのか、その心の奥底に隠れた願いを会話を通して引き出してくれました。

ユキンコ:「わたしね、中学生の頃にラジオから流れてきたピアノ、ショパンのノクターン作品9-2の曲が大好きで、カセットテープに入れて擦り切れるまで何度もくり返し聞いてたの。この曲を聴くたびに弾けない自分が悲しかった。」

園子さん:「ショパンのノクターン? そうなんだ。いわゆるピアノの名曲らしい名曲よね。ふふ。ユキンコちゃんらしくてわかりやすいね。」
ユキンコ:「うん。でもすごく好きだったの。他に何も弾けなくてもこれだけ弾けたら一生いいなあと思ったりしてたよ。」
園子さん:「そう。じゃあ、今から楽譜を買いにいきましょう。」
ユキンコ:「え?今から??いいよ、もう昔ほど願ってないし。」
園子さん:「ダメよ。今から行くのよ。」

120

なんと、園子さんはすぐその時、ユキンコの手を取って、すぐさま一緒に楽譜を買いに連れて行ってくれたのです。

121

こんな形で憧れの楽譜を手にすることになるなんて…。

122

ピアノは基礎ができていないとダメだと言われていたので、大人になってからいくら練習しても追いつけないものだと思っていました。だから小学生の頃に「お金がないからダメ」と言われた時、ピアノはもう生涯弾いてはいけないものなんだ、と勝手に心にクサリをかけてしまったのでした。

123

中学生の頃にラジオから流れてきた美しい音色にとても心弾かれ、弾けない自分に落ち込みながら、「こんな曲が弾けるようになったらどんなにしあわせだろう」と遠い憧れを抱いていました。
音楽への興味はその後も消えることがなく、ブラスバンド部に入ってクラリネットを吹いたり、大学時代は合唱団に入って歌を歌ったりもしました。でもピアノは恐れ多くて手が出せませんでした。

続きを読む

2月 13, 2009 | わたし探し | | コメント (6)

2009年2月12日 (木)

わたし探し (22)

「自分ブランド」を作ろう! 「ユキンコと園子のわたし探しの旅」 (22)ユキンコとお母さんの旅

 それはある秋の日。ユキンコのお母さんがもうすぐ60歳の還暦を迎えることになり、「どんなお祝いがいいかなあ。」とぼんやり考えていた時のことです。

ユキンコ:「園子さん、わたしのお母さん、もうすぐ還暦なの。お祝いに何か明るい色の布をプレゼントしてあげようと思っているんだけど、なかなかどの布屋さんを見てもいいものがなくて。お母さんは洋裁が好きだから布を贈ったら自分で好きな服が作れるなと思っててるんだけど。何かいいアイデアない?」

園子さん:「どうして日本人って還暦だと赤い色の服を着たりするのかしらね。自分に似合うものを探せばいいのに、ありきたりだわ。」

ユキンコ:「赤い布を贈ろうなんて思ってないよ。ただお母さんはいつも地味な色のものを選ぶことが多いから、自分では選べない明るい色の布を贈ったら喜ぶかなって思ったの。贈られたものなら『ちょっと派手だけど娘が買ってくれて』って言いながらでも着てくれるかなと思ったの。」

園子さん:「ユキンコちゃん、あなたお母さんのお祝いにフランス旅行をプレゼントしてあげなさいよ。わたしと一緒にフランスを旅したからもうお母さんを案内できるでしょう?お母さんと一緒にフランスに行って、お母さんに似合う布を探してきたらいいのよ。」

ユキンコ:「お母さんとフランスに!?それはちょっと…びっくりすぎる発想だよ。だってお母さんが行きたいところってフランスじゃなくて北海道だよ。『いつか北海道に行きたい』って時々言ってるもん。フランスなんて行きたいと思ったことないよ、きっと。」

園子さん:「あら、女性はみんなフランスに憧れるものよ。ユキンコちゃんのお母さんだってきっと大喜びすされるはずよ。わたしが手伝ってあげるから連れて行ってあげなさい。絶対行ってよかった、って後から必ず思うから。」

ユキンコ:「…そうかなあ。」

それから数日後。

ユキンコ:「お母さん、フランスとか行ってみたかったりする?還暦のお祝いにフランス旅行をプレゼントしようかとちょっと思ったりしてるんやけど…。」

お母さん:「え!!フランス!?フランスに行けるん?」

ユキンコ:「あ、でもね、わたしあんまり余裕がないから一年のうちで一番旅費の安い1月しか連れて行ってあげられへんのやけど。極寒らしいけどいいかなあ?」

お母さん:「寒いのなんかへっちゃらや。だってフランス行けるんやろ?」

ユキンコ:「うん。」

お母さん:「わーあんたを生んでよかったわ!」

ユキンコ:「…!!!(お母さんがそこまで言うなんて、園子さんの読みはすごおい!!)」

 そして2ヵ月後。旅行前にお母さんのパスポートを一緒に申請に出かけたり、靴や帽子を買って、「極寒の地フランス」のための準備をしました。そして園子さんがいろいろと旅の手配をしてくれて、ついにお母さんを連れてフランスへ出発!

117

続きを読む

2月 12, 2009 | わたし探し | | コメント (12)

 
Copyright© 2008 FELISSIMO  All Rights Reserved.